24 November 2007

Rationalists and Incrementalists - Health Policy

 MSc の最初のコースが、Contemporary issues in Health Policy だったわけなんですが、その1つ目のAssignment のテーマの一つが、政策作成の際の立場 "Rationalists" と "Incrementalists" の違いについて述べて、実例の中でどんな風に生かされているのか述べなさいというものでした。

 Policy making = 政策作成っていうのは、もちろんそんな簡単には説明できないくらいややこしいわけなんですが、Walt (1994)さんの書籍 Health Policy - An Introduction to Process and Power によると、簡単に理解できるように4つのステージに分けてあります。

1) Problem identification and issue recognition
  どうやって(現場の)問題が政策上の課題として挙がってくるのか。
  なぜ議論にも上らないような課題が存在するのか。
2) Policy formulation
  誰が政策を練るのか。どうやって作り上げられるのか。
  (その過程で)どこから(あるいは誰が)影響を及ぼすのか。
3) Policy implementation
  リソースとして使えるものは何か。誰が役割を担うのか。
  どうやって現場で実行させるか。
  (一番大事なところなんだけど、結構ないがしろにされちゃうよねってWaltさんは書いてます。)
4) Policy evaluation
  実行に移したら、どんなことが起きるか。確認されているか。
  目的は達成されているか。予想外のことが起きてないか。

 ほかにも分類の仕方はあるんだけど、これが一番簡単でわかりやすいかなと思いました。

Rationalists:
 さて、Rationalist さんたちというのはどういう立場を取っているのかというと、ある意味で「論理立てながら、あるべき理想へ向かっていく」人達です。
 どんな風に思考が働いているかということ、

 * 「議論すべき問題」というのは、他とはきっちり区別されている。 目的と手段は、はっきり区別されてる。
 * ゴールや目的は、重要度に基づいてランク付けされて、目的を達成するにあたって関連してくる事象に関しては、すべて挙げて検討する。 さらに関連事象すべてにおいて、そのCost とBenefit に関しても検討する。
 * それぞれの事象を比較検討してみる。
 * この過程の中で、目的、価値、目標に到達するにあたって一番いいものを選ぶ。

Incrementalists:
 もう一つの、Incrementalist  さん達というのは、「できる範囲のところで、目の前の問題を片づけていく」方法を取る人たちです。Lindblom (1959)さんが代表格なんですが、Incrementalist approach のことを "muddling through" (もがき進む、っていう感じでしょうか) と表現しています。

  •  ゴールの選択と方略の実施(Imprementation)は、ほとんどおんなじ意味。時に「目的」が明確じゃないこともある。 手段が目的になってたりする。
  •  問題の解決にあたっては、いくつかの方法を検討してみる。ただし、現時点で実施されているものとよく似たものを検討することが多い。
  •  決定にあたっては、(政策決定者が)みんな賛成するってことが大事なので、決定したものが一番いいものじゃないこともある。
  •  新しい政策の提案によっておきうる変化は小さいもので、将来の大きな変革は考えていない。何度も繰り返し、小さな失敗を修正しながら、前に進んでいく。
 
 どっちの考え方にも強みと弱みがあります。

Rationalist の強み
  •  しっかり検討してから目的を決定するので、方向に間違いが少ない。
  •  現在の状況下に、大きな変化が必要な時には有用。
  •  さまざまなStakeholder の意見が反映されやすい。
  •  方略を実践に移した時に起きうることが、大きく予想を外れることが少ない。

Rationalists の弱み
  •  すべての事象について検討すること自体が、現実的でない(費用、時間など)。
  •  変化が大きくなることから、政策決定者あるいは市民からの反発が起きやすい。
  •  政策決定者の間で、合意に達することが難しい可能性がある。
  •  政策決定上のEvidence が見つかるとは限らない。

 変わって、Incrementalistさんたちのほうは、

Incrementalists の強み
  •  政策決定者がよく知っている守備範囲内で政策を作るので、大外れしにくい。
  •  変化が小さいので、政策が受け入れられやすい。
  •  政策決定までの時間・コストが少なくて済む。
  •  実際の制作現場では、この方法が現実的。

Incrementalists の弱み
  •  もしかしたら、目指すべき方向が間違っているかもしれない。
  •  しかも、間違っていること、それ自体に気がつかない可能性もある。(変化が小さいから)
  •  「声の大きい」「力の強い」人たちの意見しか取り入れられないかも。
  •  変化が小さすぎて、政策の意味自体が少なくなる可能性がある。(Lindblom さんは反論として、「変化が小さいからこそ、受け入れられて、それが繰り返されることで大きな変化になりうる (Lindblim in McGrew and Wilson 1982) と言っていますが、、)

 じゃぁ、それをMix すればいいんじゃないのと言いだしたのが、Dror (1989) さんとEtzioni (1967) なんですね。
 Etzioni さんは、人工衛星をたとえにとって、全体を見回すときにはRationalistic にざっと見まわしてみて、問題がありそうな所にIncrementalist な感じでそこへフォーカスしましょうと言っています。

 でもこれって、よくある思考パターンじゃありませんか?

 医師として患者さんを診察するときのことを考えてみましょうか。

 Rationalist 的に、考えられうるすべての疾患を細かく分析して、それによって起こりうることを検討していたら、いつまでたっても診断がつきませんよね? たとえものすごく的確な判断が最終的になされたとしても、手遅れかもしれない。 
 じゃぁ逆に、Incrementalist 的に、ぱっと目についたところから手当てをしていたら、肝心なところに気がつかなくて、やっぱり手遅れになっちゃうかもしれない。

 現実には、どんな風な思考になっているかといえば、手に入りうる情報(問診と診察)から(I)、問題の可能性の高いものを挙げてそれに優先順位を付けて(R)、妥当だと思われる治療を行う(I) わけです。 で、思った効果が得られなかったときには、少し方法を変えて試していく(I)。 それでも問題が解決しないときには、もう一回最初から全体を見回してReviewしなおして、最善と思われる方法を試す(R) わけですね。

 ただしこれは、1対1での話で、政策という大きな枠組みになると簡単にはいかないわけです。
 
 日本では2000年に介護保険の導入という、それ以前の医療改革に比べるとかなり大きな変革がなされました。それについてこの2つのTheory で分析してみたわけなんですが、その話はまた今度に。


 Dror, Y. (1989) Public Policy Making re-examined, New Brunswick and Oxford: Transaction Publishers.
 Lindblom, C. (1959) 'The science of muddling through', Public Administration Review, 19, 79-88.
 McGrew, A. and Wilson, M. (1982) Decision Making, Manchester: Manchester University Press.
 Walt, G. (1994) Health Policy: An Introduction to Process and Power, London and New Jersey: Zen Books Ltd.
 

2 comments:

Anonymous said...

こんにちは

ようやく,人のブログを診る余裕ができたfamilymed758です

この記事を見て思ったのですが、日本人の気質は基本的にIncrementalistsなのでしょうか?

大きな変革を嫌って、ちょっとずつ変えていってという。カイゼンというか。

表面的な部分しかとらえていない、とんちんかんな理解かもしれませんが

逆にじっくり考えてDrasticにかえてしまうのはアメリカとかですよね

そんなことを考えていたら、日本人に2大政党制は不向きなんじゃないか?と、あらぬ方向に思考がそれてしまいました

またいろいろ教えてください

Anonymous said...

familymed758さん、私のブログを「診て」くださってありがとうございます! 
おっしゃるように、日本人はIncrementalisticなのかなぁと私も思います。もちろん個人によって振れ幅は違うのかもしれませんが、なにかを新しく作り上げることや発見することよりも、すでに存在しているものや考え方を少しづつ変化させたり改善させたりするほうが、得意なのかなぁと思いますね。
だからこそ、詳細にこだわった「いい仕事」をする職人さんがいるのだろうと思います。
逆に、企業等のイノベーターには世界的に活躍する人が欧米にと比較すると少ないということも、関連があるかもしれませんね。
Incrementalだとなかなか物事が変化せずに、いらちな私は待ちきれなくなってしまうこともありますが、でも、そうした気質だからこそ、日本文化たるものがあるんだろうなと、勝手に解釈してしまっています(笑)