14 April 2009

こども と ことば

 ロンドンを含む周辺の地域には、結構な数の「日本語を話す方々」が住んでおられます。
 そんな方々が、体調を崩された時に「日本語で」診療を受けたいという理由などから、私が勤めているクリニックへ足を運ばれます。

 先日いらっしゃったのは、小学校に入る前位の男の子を連れたご夫婦でした。
 男の子が風邪でも引いたのかしらと思いきや、ご両親が体調を崩されていたとのこと。

 お父様とお母様の診察をしている間や、今後のことについてお話をしている最中、男の子はニコニコしながら、私の口から出てくる言葉をずーっとオウム返しのようにしゃべっていました。

 私「咳はでますか?」
 男の子「せきはでますかぁ!」

 私「ですので、症状に合わせてお薬を使い分けていただいて、構いませんので、、」
 男の子「ですので、しょー・・わせて、おくすりをつかいわれ・・かまいませんので!」

 という感じ。
 しかも、私の(オーバーリアクション気味な)身振り手振りもまねるという、頑張りよう。

 楽しいゲームのように、彼は懸命に私の会話を追っかけてきます。
 それを、ご両親は「シー!静かに聞いててね!」と遮るのですが、彼は一向にお構いなし。
 きゃっきゃと笑って、私のポーズを真似ています。

 特に私も気にも留めず診療が終え、薬の処方を待っている間にお母様と英国の生活について話をしていました。
 何故って、こちらに来られているお母様方は、慣れない環境下でお子さんの成長のことやコミュニティ(外国人、日本人ともに)でのお付き合いなどで、結構悩まれ、お疲れになっている方も多いので。

 すると、息子さんは、普段は英国人の子供たちと触れ合うことが多く、日本語が話されている環境に入ると、急にテンションが上がって活動的になって手を焼くこともあるとのこと。さらに、他の日本の子供たちと比べて、わが子の成長が劣っているのではないかと心配になる事もあると。

 そこで私は、彼が診察室で見せたそぶりを振り返り、おおぉと思いいたりました。

 先ほどの彼の「オウム返し」は、彼にとっての日本語の勉強だったのかもしれないと。
 ちょうど、英語のSpeakingのレッスンのように、よくわからない言葉は似たような発音をし、わかる言葉ははっきりと、シャドーイングをしているような。

 そして、もしかすると、お医者さんごっこのような、まねごと遊びもしていたのかもしれないと、そう思ったのでした。

 お母様と話をしている間、彼はお絵かきに夢中で、「次はRedで書いてぇ、点はBlackだぁー」と、RとLの発音をばっちり使い分けて遊んでいます。やっぱり、子供の耳と脳は、英語も日本語も関係なしに吸収するのですね。彼は、私にも、何を書いているのか説明してくれます。

 少なくとも、小学校に入る前の男の子として、運動機能の問題もなさそうですし、言語の分野でも日本語、英語ともに年齢相応かそれ以上、書いている絵から察しても、Fine motor-adaptiveのスケールでも年齢相応。人とコミュニケーションを取る事が出来、自分の考えを伝え、さまざまなものに興味を持っているという点でも、社会性に問題があるようには思えません。どちらかというと、積極的にかかわりを持っていくという点では、頼もしいと思えるほど。
 走り回って落ち着きがないわけでもなく、集中して取り組むということも出来ています。日本語の環境にいるとテンションが上がるのは、ご両親以外の人との交流が、彼にとって非常に刺激的で楽しいからなのでしょう。

 お母様いわく、英国人のコミュニティに入って半年が過ぎ、息子さんの積極性がどんどん増しているとのこと。
 なるほど、行動変容には、はやり環境要因というのはかなり大きいのだろうなぁ。

 診療の際の行動や絵の内容から察して、息子さんは順調に育っている様子ですよとお伝えしました。

 言葉にはしませんでしたが、きっと彼は、この英国で身につけた事、体験した事を生かして、いつかご両親に感謝する日が来るだろうなぁなんて、思いました。
 「私の体調がどうであっても、この子が楽しんでいるというのが、私にとっては何よりも大切なので」というお母様に育てられているこの男の子は、ご両親から沢山の愛情を受けて育っていることは、間違いなさそうです。彼のあふれる笑顔も、人に対する信頼感も、ここから来るのでしょう。

 それにしても、RとLの発音、奇麗だったなぁ。
 レッドじゃなくて、Redですから。