03 March 2008

外のことと目の前のこと

 白衣に腕を通す時にはいつも、自分の中の何かが切り替わるような気がする。
 聴診器を手にとって、病室や診察室に向かうとき、自分が「しゃんとする」のがわかる。

 外来での診察は、たいていは10分程度。
 いつも診ている患者さんでなければ、多くの場合、その人のいつも生きている社会背景にまで話が及ぶことは、なかなか難しい。
 熱が出たから、咳が続くからと、よくある体の不調を訴えて訪れる患者さんの、その後ろにある本当に聞きたいこと、心配なことに、どこまで耳を傾けられるか。どこまで思いを巡らせることができるか。
 
 目の前にいるこの人に、自分は何ができるのか。
 
 北海道の東部では、非常に医師が不足し、大きな病院での内科病棟・診療の縮小が発表された。
 お世話になっている病院も、慢性的に医師が不足し、常勤医師たちやスタッフは疲弊する中でも、精一杯やっているのが分かる。
 そんな中で、厚生労働省は、勤務医の負担軽減のために、新たな政策を発表した。

 本当にそれで解決するんだろうか。
 本当にこの医療の流れで、現場で働く医療スタッフたちが、日々やりがいを感じながら仕事をする環境が作れるのだろうか。
 本当にその政策で、この目の前の患者さんが安心できるような、医療共有体制が組めるのだろうか。

 今、目の前にいる、この人に思いを巡らせること。
 世の中で起きていることに、注意を向けること。

 どちらもできなくなるくらい、疲弊するときがある。

 日常の診療で、あまりの忙しさになりふり構わず取り組んでいると、一人ひとりのことにまで目を向けていられなくなることもある。 目を向けると、その分、当然ながら取り組むべきこと、悩むことが増えてくるから、「これ以上は無理です」というところまで、仕事が増えてしまう。 
 目の前の人のことを思えば思うほど、体もこたえるが、それよりももっと、心が疲弊してしまう。

 さらに言うなら、目の前のことに精いっぱいで、とてもじゃないが国の政策だの、世界情勢だの、環境問題だのなんてことは、だいぶ後回しになる。

 こんなんで、いいんだろうか。 
 これじゃぁ、働く医療者にとっても、そこを訪れる患者さんにだって、いいわけはない。

 日本の医療は、世界一の寿命と乳児死亡率を誇り、低コストで、比較的少ない医療従事者で、24時間365日の診療をカバーしている。 医療へのアクセスも、おそらく世界一いい状態だろうと思う。
 それでも、国の行った調査では、国民の医療への満足度が50%程度である。
 医療に関連する訴訟の数も、年々増えている。

 低コストで、質が高く、アクセスも自由で、安全性の高い医療制度、なんていう、夢みたいな制度は、世界のどこを探しても、ない。 でも、かなりそれに近いものを、日本の医療は提供できている気がする。
 ただ、その後ろに、専門職としての時間給はかなり安く、平均寿命を縮めてまでも働いている医療従事者がいるということが、問題として取り上げられることは、ほとんどない。

 「出来ていること」は当然のものとして扱われ、「出来ていなこと」「出来なかったこと」に注目し、大問題として取り上げられる。 なぜそうなったのか、どうすれば改善できるのかというところに着目するのではなく、起きてしまった事実ばかりが注目を集め、当事者たちが責められてしまう。
 
 「出来ていること」を声高に宣伝することは、なんとなく引け目を感じるような、みっともないことのような、そんな雰囲気がある。 能ある鷹は爪を隠す、みたいに、「こんなにできるんです!」って言う事は、良しとしないようなそんな雰囲気があるからだろうか、日本の医療のスゴさっていうのを発表している論文は、それほど多いとは思えない。

 外の世界で起きている事を、自分の目の前のことを関連付けて考えて、改善のために用いること。
 逆に、目の前で起きている事を、外の世界で起きていることと結びつけて一般化すること。

 この両方を行き来できるような、両方を関連付けられるような、そんな仕事がしたいと思う。
 日本ではみっともないことかもしれないけれど、世界に対して「日本はこんな業績を残している」ということを発表できるような、そんな仕事をしてみたいと思う。
 
 そうすることで、少しでも恩返しになったらと、頑張る人たちへの応援になったらと、そう思う。
 

2 comments:

Anonymous said...

期待してます!
tagさんは私と卒業年度も近いですが、卒業直後って、こんなに表面に問題が吹き出していなかったですよね(見えてなかっただけかもしれませんが)。医療従事者が黙々と自己犠牲のもとに、サービスを提供していて。その割に、医療への評価は低かったですが。
それがこの数年で急激に破綻が顕在化して。中堅と呼ばれる立場になって、いろいろなものが見えてくると、「医は仁術」じゃないですけど、自己犠牲のもとに行われている日本の医療、思ったほど「悪くないじゃん」と思うんですけど、それを証明するペーパーが無いんですよね。あるのは、厚生労働省によってねじ曲げられて公表される数字だったりして。そういう意味では、Tagさんであったり、富塚先生であったりイギリスにいる人たちに是非期待したいです。
そう言ってるだけでなく、自分も何かしないとね。

Tag said...

familymed758さん、いつもコメントありがとう!

はい、、期待に少しでも添えるように、頑張りたいところです。

確かに、卒業直後って、もう、目の前の課題に取り組むのに必死で、大きな視点でものを見るなんていうことは、かなり難しかったんだろうなぁと、今になって思います。

それに、かなりの自己犠牲を払って構築されてきた日本の医療という仕組みの中で、生み出されてきた成果というものは、一部の分野(たとえば大腸がんや心臓の冠動脈拡張なんかについて)はだいぶ世界でも一目置かれるようになってきてますよね。

ただ、システムとしてどうなんだという話になると、本当に少ない。
そもそもHealthcare Management自体が、そんなに古い分野ではないからというのもありますが、何しろ英語が公用語として使われていないというのが、非常に大きなハンデだと思っています。海外の研究者にとっても、研究したくとも英語文献がなければハードルは高いだろうと思うのです。
Managementだけじゃなくて、Policyの分野でもそうなんじゃないだろうか。

いずれにしても、お家芸全開で、外のものを学んできて、modifyして、outputして行けるようになりたいもんです! お互い頑張りましょう!