14 November 2008

Baby Pと貧困

 ニュースで話題になっていることを一つ。

 ロンドンの北部で2007年8月に17か月の男の子が虐待のため死亡した、という事件。
 死亡した時には、背骨と肋骨が折れ、全身にあざがあり、血だらけだったとのこと。
 しかも、法的理由により、この子には名前が付けられておらず、Baby Pとして話題に取り上げられています。つい先日、政府の方針に対しても国会の答弁で議題になり、小児医療・ケアに対する軽視が生み出したものだと、批判されているようです。

 現在、母親とそのパートナー、および同居していた男性(15歳の家出少女と共に母親のもとで暮らしていた)が、虐待あるいはその幇助ということで逮捕されています。

 このケース、Social Workerや小児科医が介入していたにもかかわらず、虐待死が防げなかったということで、地域の行政に対する批判が高まっています。また、死亡する直前に検診を担当した小児科医が、GMC(General Medical Council:医師登録などを扱っている機関)でその診察が適正だったかどうか、調査を受けています。
 虐待が始ってから、少なくとも60回にわたってSocial workerが家を訪れ、8回にわたり母親がGPやBaby Pの治療のために病院を訪れていましたが、最終的には、母親のもとに子供は返されていました。

 母親は、Baby Pが生まれてから2度も虐待の疑いで警察に拘留されていますが、最終的にはBaby P は母親のもとにかえされ、最終的に虐待死を遂げることになってしまいました。
 経過は、このWebを参照。
 http://www.guardian.co.uk/society/2008/nov/11/baby-p-death

 母親となった女性は、薬物およびアルコール中毒の母親に育てられたあと、Baby Pの父親と出会い、Baby Pを出産しました。Baby Pが生まれてから数ヶ月後に、Baby P の父親は家を出て、その数ヶ月後には母親がPubで出会った男性とともに暮らすようになっていたようです。また、15歳の家出少女とともに別の男性が家に暮らすようになり、この男性と母親のパートナーの間でいさかいが起こるようになり、その状況下で虐待が進行していったのではないかとされています。

 問題点として明らかになっているのが、Baby P の状態が悪くなるたびに母親がGPや病院に何度も子供を連れて行っていた際に、あざを確認しても、「年上の子供に突き飛ばされた、犬に引きずられた、階段から落ちた」などの母親の言い分を聞いてしまったこと、また、同居の男性がいるということを把握できなかったこと(この男性と同居するようになり、虐待が始った疑いがもたれています。)また、病院を訪れたり、Social Workerが訪問するときに、母親がチョコレートなどで傷を隠していたことも分かっています。
 さらに、システム上の問題として、Child protection registerというリスト(虐待の可能性があり保護が必要とされる子供のリスト)から、「Social workerとコンタクトを取る」という条件で削除されたこと、最終的にBaby Pを母親のもとから引き離す決定が下されたのが遅くなったこと、関係した医療者及び行政機関の間での情報のやり取りがうまくいっていなかったことが挙げられています。

 これらは、日本でも虐待死があった時に聞かれることです。

 今回、ここまで地域のChild protection serviceへの批判が高まっているのは、2000年に同じ地区で少女が虐待死を遂げていたことが上げられます。このときに、UK全土でのChild Protection serviceの見直しがあり、システムの改善が図られていましたが、残念ながら今回のBaby Pの虐待死を防ぐことができなかったことが、Child Protection Serviceのシステム、および教育体制への批判が増大した理由の一つです。
 Social workerたちへの批判が高まる中、彼らの仕事への無理解や援助の乏しさも挙げられています。

 多くの記事が、地域の行政サービスとしてどうやって子供を守るかというところに集中していますが、どういった理由が虐待する親を生み出してしまうのか、という議論がないのが気になります。虐待する人がいるのは仕方がないから、そこから子供をどうやって守るか、という議論に見えて仕方ありません。

 驚くべきことに、先進国の一つであるはずのUKでは、約3人に1人の子供が貧困の中で生活しているというreportがあります。
 End Child Poverty
 http://www.endchildpoverty.org.uk/
 Joseph Rowntree Foundation
 http://www.jrf.org.uk/child-poverty/default.asp

 貧困と低いEducation levelはリンクしていることが明らかとなっており、低いEducation levelは就職の上で不利となり、貧困の輪から抜け出すことができません。前首相のブレアさんは、2010年までに子供の貧困をなくすという政策を打ち出していますが、あと2年で390万人いるとされる貧困の中に生きる子供たちへの対策を打ち出すのは、この不景気が直撃したUKでは、かなり難しいだろうなぁ。。。

 先進国の子供たちの状況を知る上で、UNICEFの以下のレポートが参考になります。
 An overview of child well-being in rich countries (UNICEF 2007)
 A comprehensive assessment of the lives and well-being of children and adolescents in the economically advanced nations
 http://www.unicef-irc.org/publications/pdf/rc7_eng.pdf
 
 日本に貧困はない、と思っているのは、恵まれた環境にいる人に事実が見えなくなっているだけのような気がします。レポートによれば、日本の0-15歳の約15%は、平均収入以下の家庭で暮らしています。(がっかりなのは、日本のデータが多くの場合欠落していること。つまり、現状すらわかっていないということ。現状調査=測定ができなければ、改善は難しい。)

 医師、医療者は政策には直接関係ないという声もよく聞きますが、患者さんは(自分たちも)国の政策の中で生活をし、問題を抱えて目の前にやってくるわけで、情勢や政策が見えていなければ、本当のサポート、あるいは状況改善のための手立てを取ることは難しいのではないかと思います。

3 comments:

Anonymous said...

通りすがりですいません。Baby Pで検索してきました。まったくひどい話です。貧困という以前に、ちょっと親が病んでいるんじゃないかと思いました。ソーシャルワーカーが問題のある家庭にどんだけ立ち入っていけるかってのも問題で、日本もイギリスも同じ状況だろうなあと思いました。貧困と児童虐待に因果関係があると見るのはちょっと世の中いやんなりますよ。貧乏でも愛がある。貧乏だからこそ愛がある、っていう世の中になればいいんですが。ちょっと昭和っぽいですかね?

Tag said...

Anonymousさん、こんにちは!

通りすがりで、大歓迎です!
確かに、親が病んでいるのでしょう。
その親が病んでしまっていることへのサポートの充実も、必要に思います。

最近のUKの統計では、10人のうち3-4人が虐待にあっている可能性があるなんていうものもあり、かなり目の前真っ暗になったりします。

現在、この問題はまだ尾を引いていて、担当していた部署の部長の所に娘の殺害予告が出されたり、担当した小児科医の免許停止騒ぎになったりと、「魔女狩り」の様相を呈してきています。

なぜ虐待を見抜いて子供の死亡を防げなかったのか、役所は何をやっていたんだというところに世論が集中していますが、虐待をした親や大人たちへの非難がいま一つ新聞で話題にならないのが、不可解です。
また、近所の人がサポートできなかったのかとか、虐待を繰り返す大人たちへのサポート(これはドメスティック・バイオレンスを行う人へのサポートと同じですが)はどうなっているのか、など、もっと議論することがあるように思います。

貧乏でも愛がある。確かに、そうした家庭もあると信じたいのですが、周囲が裕福である(と信じている)状況では、内なる幸福を生み出すのは、なかなか困難なのかもしれません。

欧米独特の「個人主義」というのが、あまりよくない方へ作用しているような気もしています。

また、コメントをお待ちしています。

NaomiPanda said...

はじめまして。

本当にひどい話ですね。5月2日のBBC News で Baby P の話を知り、詳しく知らなかったので調べているうちにこちらにおじゃましました。

本当にひどい話ですね。昔からあったのかもしれませんが、最近日本でも子供が虐待され死亡するニュースが報道され心が痛みます。

以前、大学院時代にイギリスに住んでいたのですがこのようなイギリスの暗部は奥深く、はっきりとわからなかったです。(暗部があるのはわかりましたが)
私の私見ですが、イギリスは日本よりもクラスや貧富の差がはげしく(移民もいらっしゃいますし)このような社会問題はひどいものがたくさんあるのではないかと想像します。

虐待については、最近友人が子供のころに母親に虐待されていたことを知りかなりショックを受けました。その人の傷は深く、はたから見ていると虐待が遠因となるのか、人とコミュニケーションをとることが下手であり社会へ出ることができていません。

この baby P のように命をなくすよりはよかったのかもしれませんが、大人になってからも行きにくい人生になってしまう虐待からのサバイバーにたいしてまわりがどうしてあげればいいのか、医療的な手助けはないものかと思っています。(私は医療関係者ではないですが)

長くなってしまい、申し訳ありません。

ぜひ、そのほかの面でもイギリスのレポートを楽しみにしております。